「記録を意識」 漫画「いちえふ」作者・竜田一人さんに再び聞く 2015年03月10日

「記録を意識」 漫画「いちえふ」作者・竜田一人さんに再び聞く

2015年03月10日

原稿を描く竜田一人さん=2015年2月27日、石戸諭撮影

 それだけでなく、細かい作業は職人さんたちの腕によって微妙な違いがでてきます。腕が立つ人なら早く片 付く作業も、慣れない人がやると遅くなる。高線量の現場では大野さん(作品中のベテラン作業員)のモデルにした人たちも、すぐにそれぞれの会社で定める年 間の被ばく限度量(「いちえふ」によると、ほとんどの会社は年間20ミリシーベルト以下で設定している。基準に達すると4月1日にリセットされるまで1F での作業はできない)に達してしまう。

 そうすると、その作業を大野さんたちはできなくなってしまい、代わりの人がやることになります。大野さ んは別の現場を探して食いっぱぐれることは無かったのですが、高線量の現場に行って食いっぱぐれることになってしまっては元も子もない。現状、働ける日数 はかなり限られています。これだけでは日々の暮らしで食べていくことができません。ベテランの作業員ほど腕は立つけど、高線量の現場では線量を気にするこ とになります。

 被ばくを避けたい切実な理由は、高線量現場で働ける日数が限られるからです。場所によっては1日1ミリシーベルトに達することもありますからね。

 代わりに来る人の腕が立てば問題はないのですが、みんながみんな腕の立つ職人ではないのはどこの世界で も一緒です。高線量の現場ほど経験が必要なのですが、職人確保は難しくなっています。原発特有の作業についても技術の伝承や実践的なノウハウは現場でない と身につけることはできません。何らかの対策は必要です。ここが現場最大の問題と言ってもいいと思います。

 私も昨年、1Fに行った時で既に高線量現場経験があるという理由で現場リーダーをやりました。少し出世 とも言えますが、一緒に行った仲間の中には「1Fが初めて」だという人もいたのです。経験者も増える一方、未経験者も新規に入ってきているので経験の有無 が重視されているとも言えますね。

 ◇高線量の現場「少し慣れてくるくらいが怖い」

 −−そんな中で、現場に慣れてきたと感じたことはありますか。

 竜田さん そうですね。慣れてよかったというより、慣れてきたための失敗があります。

 現場では無駄な被ばくや放射性物質による汚染を避けることが大原則です。しかし、私も慣れてきたせいか、少し注意が足りずに汚染を避けることができなかった。

 例えば靴下のはき方、靴の脱ぎ方一つとっても注意が足りなかったなと思うこともありました。現場の靴は 履き回しです。靴の脱ぎ方が悪い人がいると、靴の中に放射性物質が入り、靴下に付着します。慎重な人は靴下の上からビニール製の靴カバーをするのでいいの です。でも、私は靴下が二重だったのと、ビニールで蒸れたり、踏ん張りが利かなくなったりするのが嫌だったので、付けていませんでした。そうしたら、案の 定、無駄な汚染が出てしまった。汚染防止は大事。注意が足りないと指摘されても反論できません。慎重に避けるべきことであり、恥ずかしいですね。

 何事も少し慣れてくるくらいが怖い。高線量の現場であることを怖がって用心しているくらいでちょうどよいと思います。「絶対に無駄な被ばくはしたくない」という作業員もいますからね。

 −−作業員の中にもいろんな考え方がある、と。

 竜田さん そうなんです。ちょっと話はずれるかもしれませんが、作業員の中でも「東京電力がホールボ ディーカウンター(WBC)の値を低くしている」といううわさが出回って、本当に信じている人もいるんです。私は実際に自費で他の病院のWBCで検査した のですが、そんなことは無かった。うわさはうわさにしかすぎないのです。

 1Fで働いているからといって、みんながみんな放射線や被ばくについて正確な理解をしているわけではな いというのが面白いところです。案外、調べないで現場に来る人が多い。つまり、仕事なんですね。そこに仕事があるから来ている。勉強してから来るというの は珍しいかもしれませんね。

 ◇福島への愛着「人を通じて深まってきた」

 −−最初の話でも出ましたが、2巻では国道6号開通とか福島の話も多いですよね。竜田さんの福島への思いが、「思い出の町」以上に深まっているように読めます。

「いちえふ」2巻より

拡大写真

 竜田さん なるべく最近の話を入れようとしたので、(昨年秋に)一般車で走れるようになったばかりの国道6号を 縦断した話を盛り込みました。漫画の中の時間の流れは少し無視して、事故から1年数カ月の1Fだけでなく、14年の周辺状況だったり、食事だったり、地域 の話も入れたかったんですね。そうしないと、せっかく14年に福島に行ったのに、リアルタイムの話を届けられない。

 「ここは俺が住んでいたところだ」「懐かしく思いました」という感想もいただきました。皆さんもお時間があれば6号を車で走ってみてはいかがでしょうか。誰も住んでいない街並みを通るだけで感じるものはあります。

 私の場合、愛着は人を通じて深まっていきました。福島では人の出会いに恵まれました。どこの土地にも良 い人もいれば悪い人もいるっていうのは分かっているんだけど、福島で出会った人は良い人ばっかりだった。弾き語りをしたライブバーのマスターも良い人だ し、家探しを手伝ってくれた人も……。こういう人たちとの出会いがあったから、見知らぬ土地にもかかわらず、通っているうちに勝手に「あっちがふるさと」 と感じるようになったのでしょう。

 漫画で「酪王カフェオレ」(福島県の名物カフェオレ)を取り上げたら、今では読者から「これも飲んでみてください」「食べてください」という反応をたくさんいただきました。そうそう、地元産のメヒカリも食べたいですよね。

 ◇鼻血描写と「いちえふ」らしさ

 −−あえて振り返っておきたいのですが「美味しんぼ」との関連で原発事故と「鼻血」の描写についても「いちえふ」が話題になりましたね。このとき、竜田さんがツイッター上で珍しく意見を表明していました。この理由を教えてください。

 竜田さん 前回のインタビュー(毎 日新聞のニュースサイトで5月22日掲載)でも話しましたが、私が作業中に鼻血を出した作業員を見たのは本当です。それを見て、作業員同士で話したことも あった。でも、それをどう漫画で描けるのか。なかなか、答えが見つかりませんでした。あえて描こうと思ったこともありましたが、それが「いちえふ」でやる べきことなのか、と考えた時にそうではないと思いました。

 そこで、(「美味しんぼ」と)対比されたりするのも少し違うなあと思っていました。描写についても実際に何について悩んでいたのか。うまく伝わっていないかもしれないなあという時もあります。

 「いちえふ」は説明的な漫画ではないし、何かの目的のためにメッセージを込める漫画ではない。何かに反論したり、「美味しんぼ」の騒動に影響を受けたような形で描いたりしてもよいものには仕上がらない。あくまで私が見たものを漫画に落とし込んだものですから。

 一言で「見る」といっても、いろんな作業員と付き合って初めて「見えてくる」ものがあります。実際に働 いて、見てきたことを凝縮しています。ぱっと見るだけでなく、いろんなところをしつこく「見てきた」ところをベースにしている。私自身の関心の高低もあり ます。強く印象に残っているものなら掘り下げて描けますが、鼻血の話は正直「ああそんなこともあったな」程度にしか覚えていませんでした。「美味しんぼ」 の騒動があったから思い出したようなものです。

 これだけの材料で漫画にするには無理があります。無理して描くと、そこだけが切り取られ象徴的なエピ ソードして取り上げられてしまう可能性もあります。「いちえふ」のトーンにあわせて、いつも通り描けるなら描きますが、そのためだけに別のトーン、これま でと違う回にしてしまうと、作品自体が変わっていってしまう恐れがあります。そこが最大の悩みどころでした。結果的に描かなくて良かったと思っています。

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