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[image: Charlie Hebdo takes up Fukushima nuclear crisis] Charlie Hebdo takes up Fukushima nuclear crisis Photo taken March 18, 2015, from the latest issue of Charlie Hebdo, a French satirical weekly paper, shows a cartoon about the Fukushima nuclear crisis in Japan. Two people in protective suits talk about this year’s first swallow, while looking at footprints of a huge bird with a smoke-spewing nuclear power plant in the background, suggesting a bird having mutated to a monstrous size due to radiation. (Kyodo) ==Kyodo

 

Charlie Hebdo takes up Fukushima nuclear crisis

Sent from the ether

Charlie Hebdo Satirizes Fukushima Radiation Crisis Paris, March 18 (Jiji Press)–French satirical weekly Charlie Hebdo published in its latest edition Wednesday a cartoon poking fun at the nuclear disaster in Japan. The cartoon features a pair of footprints of a bird that seems to have grown mammoth due to the effects of radiation, with two men in radiation protection suits saying the footprints are of “the first swallow” of the year against the background of columns of black smoke arising from what appears to be Tokyo Electric Power Co.’s Fukushima No. 1 nuclear plant. In France, an illustration making fun of the nuclear accident appeared in another weekly in 2013. The Charlie Hebdo cartoon could provoke a backlash from Japan, observers said. The French weekly’s offices in Paris were attacked by terrorists earlier this year, due to its publication of cartoons of Islam prophet Muhammad. Sent from the ether

Charlie Hebdo takes up Fukushima nuclear crisis Photo taken March 18, 2015, from the latest issue of Charlie Hebdo, a French satirical weekly paper, shows a cartoon about the Fukushima nuclear crisis in Japan. Two people in protective suits talk about this year’s first swallow, while looking at footprints of a huge bird with a smoke-spewing nuclear power plant in the background, suggesting a bird having mutated to a monstrous size due to radiation. (Kyodo) ==Kyod o Sent from the ether

Fukushima = 3 ans – par Bar – 11 mars 2014 Thèmes >> anniversaire, Fukushima, nucléaire, Santé Sent from the ether

French satirical weekly Charlie Hebdo publishes cartoon on Fukushima nuclear disaster KYODO MAR 19, 2015 ARTICLE HISTORY PRINTSHARE PARIS – French satirical weekly Charlie Hebdo took aim at Tepco’s crippled Fukushima No. 1 nuclear power station in its March 18 issue. A cartoon on the theme of “spring” depicts two people in protective gear talking about this year’s first swallow, while looking at footprints of a huge bird with a smoke-spewing nuclear power plant in the background, suggesting that a bird had grown to an enormous size due to radiation. In 2013, another French weekly, Le Canard enchaine, carried cartoons satirizing the Fukushima crisis, drawing a protest from the Japanese government. The weekly also carried two cartoons about nuclear power plants in France in the same issue. In January, Islamic extremists attacked the Paris office of Charlie Hebdo and killed 11 people, after the publication ran cartoons depicting the Prophet Muhammad. Sent from the ether

取材じゃなく“就活”で福島原発に行ったんです

第5回:マンガ家・竜田一人氏

 

「やられた」と感じたジャーナリスト、編集者は相当多かったのではないでしょうか。

福島第一原子力発電所の収束作業に現場作業員として潜り込み、その実態を自ら体験、そしてその成果を、「マンガ」で世に問う。マンガ週刊誌「モー ニング」(講談社)で2013年10月31日号に初めて掲載された『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』は、硬派なテーマを、圧倒的なリアリティに ペーソスを絡めて紹介するルポとして人気を集め、昨年4月の単行本第1巻は新人としては異例の15万部スタート。その後も不定期連載を重ねて第2巻が今年 2月に発売されました。

『いちえふ』1巻(左)、2巻(右)

私も編集者の端くれとして、「こんな手があったのか、思いついたヤツは天才だ」と唸りました。こう思う誰しもの頭に浮かぶのは、『自動車絶望工場』 (鎌田慧)でありましょう。1973年に出た、トヨタ自動車の本社工場に期間工として働いたジャーナリストによる、工場現場の過酷さを徹底的に批判した潜 入ルポです。事態の大きさ、重さを考えれば、『いちえふ』は、それを凌ぐ企画といえる。それを、マンガという、人に説明するのに最適な方法で軽やかにやる なんて…。

こんな企画を思いついた竜田一人(たつた・かずと、潜入取材のため仮名)さんは、いったいどんな人なんだろう。『いちえふ』を描くまでは(失礼な がら)、売れないマンガ家だったとのこと。3.11でこういう人生の変わり方をした人も珍しい。ご当人は「高給と好奇心とほんのちょっとの義侠心」で現地 入りしただけで、マンガにしようとは考えていなかったと他のインタビューではお答えになっているのですが、本当でしょうか? やっかみ半分、好奇心半分 で、お話を聞きに行きました。

(聞き手は 山中 浩之)

よろしくお願いいたします。写真…は、もちろんNGなんですよね。ええと、今年50歳になられる?

(以下、画像は全て©竜田一人。拡大画像ではそのページの全コマがご覧頂けます)

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竜田:もう50歳になりました。

じゃあ、私と同世代ですね。マンガ家を目指されたのはいつ頃ですか。私と同じようなマンガを読んできたんじゃないかと思うんですが。

竜田:マンガは子供のころから好きで読んでいましたし、小学校のころは「マンガ家になりたい」の気持ちは多少ありましたけどね。好きだったのは、矢口高雄さん。

あ、釣りバカ…

竜田:じゃなくて『釣りキチ三平』。

マンガにも本気になれず、就職しましたが…

失礼しました、ハマちゃんじゃなくて三平君のほうですね。インタビューを読んでいたら、時代劇マンガの平田弘史さんがお好きとか。

竜田:そうですね。平田弘史先生は大学のころですかね。

さすがに小学校から読んでいるわけないですよね。

竜田:小学生があれを読んだらちょっと気持ち悪いですよね(笑)。学生時代に読んで衝撃を受けまして。当時たしか全集が刊行され始めて。貧乏だったんですけど、まあ、無理して買いました。

マンガ研究会とか入りました?

竜田:ちゃんとしたサークルも あったんです。そこは某I先生が出たりする立派なところなんですけど、そういうところではなくて同好会みたいな、全然漫研とは呼べない程度のところで。そ れもちょこちょこやっていた程度で、本気でこれでプロになれるともあんまり思ってなかったし。でも「なれたらいいな」ぐらいで、たまに新人賞に応募するみ たいな。

応募はしていた。今回『いちえふ』を持ち込まれた「モーニング」とかにも?

竜田:モーニングは読んではいましたね。『ああ播磨灘』(さだやす圭)が始まったころ。

ものすごいころじゃないですか。『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ)も同じ時期でしたね。

竜田:「モーニング」にも(新人賞応募に)出したかな、分からないけど、若いころだから。そのころは本当に下手くそだったので。

じゃあ、卒業してから普通に就職されたんですか。

竜田:1回普通の会社に入ったんですよ。新卒で。そこを3カ月か4カ月ぐらいで辞めちゃって。

おお、短いですね。小田嶋隆さんみたいだ。

竜田:これはちょっと性に合わないなと思って。

何の会社だったんですか。

竜田:住宅設備か何かの。どんな業界なのか知りもしないで、たまたま就職活動をしているときに、合同説明会でひっかかって、たまたま受けたら受かって。だからこういう仕事をしたいとか、こういう業界に入りたいみたいなのは全然なくて。

何で3カ月だったんですか。

竜田:行ってみたら、ちょっとサラリーマンは性に合わないな、ということだったんですかね。結構店でバイトしたりもしていたので、働くこと自体にはそんなに抵抗はなかったんですけど、何だろうな。

内勤だったら、外に出られないこととか。

竜田:座って机に向かってこつこつやっているのはいいんですよ。別に今だってやっているんだから(笑)。それ自体は嫌いではないんだけど、みんなで1つのオフィスにいて、大勢がいてみんなで机に向かっている、というのが何か嫌なんです。

何か嫌、では学校はどうでした?

竜田:学校も嫌だったんですよ、俺。大学卒業するのに5年かかりました(笑)。

相当サボったと。サボって何を?

竜田:映画を見てました。本当に年間100本ぐらいは見た。学生のころに黒澤明から小津安二郎も全部見たし。当時はビデオが高かったけれど、名画座がまだいっぱいあったので、1年でだいたいのところは見られる。

なので、会社を辞めてから伝手を探して、映画やテレビの制作部のアシスタント仕事を。

あっ、制作部。それは以前、「秘密結社 鷹の爪」の蛙男商会さんからお話を聞いたことが。肉体も精神も極限までこき使われる地獄のような仕事だと。

竜田:制作部は地獄のような仕 事、確かに。テレビのドラマとかになると、スケジュールはきついし、予算はないしね。要するに撮影部とか美術部とか、そういう技術系はだいたい分かるじゃ ないですか。「こういうフィルターを持ってこい」とかそういう、必要な対応、対策が。それ以外の、じゃあ、ここを撮影するために駐車中のクルマが邪魔だか ら片付けて、みたいな、そういう雑務が全部制作部に来ちゃう。特に大事なのは弁当の手配ですね。何があろうとスタッフに飯を食わせるというのが一番の重要 任務ですので。

弁当の手配から撮影現場の確保にロケ用の車の運転までと寝る暇がない。蛙男商会さんは、徹夜明けでそのまま渋谷の待ち合わせ場所まで車を運転していって、サイドブレーキをがっと引いた瞬間に5分寝る、そういう生活だったと言っていましたが。

竜田:寝ている時間の半分は車中、みたいなね。夏は長野の農家でレタスを作る手伝いを住み込みでやって、冬は東京に戻って制作現場、と、そんな感じの生活を5~6年続けましたかね。

30歳直前、久々のマンガが賞を取って

5年ぐらいやって、ちょっとモードを変えた?

竜田:そうですね。20代、もうどん詰まりぐらいになって、さすがにいつまでもこんなことやっていられないなと思いつつ、まあ、だからといって何をしようという当てもなく。でもそんな中でちょっとマンガを1本描いてみたら、それが某社さんでたまたま新人賞か何かをもらって。

ほお! どんなマンガだったんですか。

竜田:プロレスラーがマージャンを打つ(笑)。

盲牌するとパイが潰れちゃうみたいな。

竜田:しょせんそういうマニアックな話なのであまり一般受けしない。だから連載じゃなくて「面白いのが描けたら載せるよ」みたいな感じで。それで食えるわけもなく、まだやっぱりほかのバイトをしながら。もう畑には行きませんでしたが。

その間働いたところで覚えていらっしゃるところってあります?

竜田:まあ、いろいろですね。 やっぱり多かったのは映像系の仕事ですね。テレビドラマとか、劇場映画ではなくて、企業の宣伝や施設の解説、教材、紹介といったVP(Video Package)の。地方に行って泊まり込んで、記録映像を撮って、現地の博物館でかける展示映像とかですね。

おっ、その仕事は面白そうですね。

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竜田:面白かったですね。VPと か教材というのは、「見る人にどう説明するか」が勝負ですから。これは今の『いちえふ』での、例えばこのマスクとかをどう説明しようとか、そういう時には この経験は結構役に立っているような気がします。(『いちえふ』は)ある意味、マンガというよりVPを作っているような面がある。

あ、確かに。

竜田:言葉だけでは伝えられない、伝えにくいこともいっぱいあって、絵にしてしまえば一目瞭然、みたいなものがたくさんあるので。

一目瞭然ですよね。誤解がぐっと減りそうですよね。

竜田:福島第一原子力発電所の収束作業の現場を説明をするのに、マンガがこれほど適しているというのは、描いてみて再認識したところがありますね。

説明するときのコツみたいなものとか、何かありますか。

竜田:何だろうな。ネームの段階、ラフで編集部の篠原さんと相談している時点では、何をどう説明すれば伝わるのか、全然分からないです(笑)。

人に見せるって大事ですね。

竜田:そうそう。俺は働いてきて見ているものだから、もう分かっちゃっていてそのつもりで描いちゃうんだけど、知らない人が見たら全然分からないものとか、こんな説明じゃ分からないというのがやっぱりあるので。だから他者の視点というのは大事ですね。

で、某社の受賞で本格的にマンガのお仕事が始まってからは?

竜田:確かこのときぎりぎり30歳前でしたが、1本載ったぐらいじゃ全然食えるようにならないので、この業界。そこから頑張ってがんがん面白いのを描いて載せられればいいんでけど、そこまでの力がなかったということですね。まあ、力とか、運とかいろいろありますけどね。

じゃあ、人に説明する映像を撮る仕事と、時々マンガみたいな感じだったわけですか。

竜田:そうですね。でもマンガがあんまりぱっとしなくて、そのうち「しょうがない」といってちょっとエロマンガを描くようになって、2年ぐらいエロをやっていました。

おお!

竜田:いや、目を輝かせてもらっても(笑)。この絵柄なので、最近あるような萌え系のちょっとアニメっぽいようなのではなくて、昔からあるようなタイプのエロマンガですね。

エロマンガも2年ほど描きました

例えば、ケン月影先生とか。

竜田:そうそう。ケン月影先生とか。その名前が日経ビジネスの記者さんから出るとは思いませんでした(笑)。

いいじゃないですか、あの絵はすごく好きなんです。

竜田:実は、本当に「平田弘史」と並ぶぐらいのアイドルです、ケン月影さん、俺の中で。

最近、「ビッグコミック」(小学館)で、竹久夢二と伊藤晴雨のお話を描いておられて…(『万華鏡』)。

竜田:というわけで、ケン月影先生が描くような感じの伝統的なマンガを、伝統的な雑誌に描いていました。

年に何本ぐらい書いていたんですか。

竜田:月1でしたね。

食べていけたのでしょうか。

竜田:マンガを描いているときというのは時間を食われて金も使わないですから、食えるぎりぎりぐらい。まあ、生きているだけですね。

ネタを考えるのが大変じゃないですか。

竜田:でもその時々の時事ネタみたいなのを拾っていくと、意外に発想が出てきたりするので、そんなでもなかったですね。タイガースが優勝したから、じゃあ、甲子園球場でいたしているとか、そういう単純な話です(笑)。

なるほど。じゃあ、どうして辞められたんでしょう。2年以上だって続けられたはずですよね。

竜田:そうですね。やろうと思え ばできたんでしょうけど、たまたま描いていた雑誌が休刊になって、もういいかなというときに、コンビニで売っている安いマンガ本の、最初何だったかな。何 かスポーツ関係のドキュメンタリーの仕事が、昔お付き合いのあった編集さんから回ってきたので、そういうのをやるようになったんですね。

何のスポーツのドキュメンタリー物を描いたんですか。

竜田:うーん、野球かプロレスかどっちかだと思いますけど。

そんないいかげんな。

竜田:最初プロレスだったかな。何本描いたんですかね。でもスポーツ物だけで10本以上は描いたかな。もっと描いているかな。20本ぐらい描いたかな、分からないですけど。

それらはいわゆる単行本にはならなかったんですか。

竜田:一応、出た本は自分では持っていますけど、単著の単行本は『いちえふ』が初めてです。

単行本が出ないまま、マンガ家としてのキャリアがだんだん長くなってきて。

竜田:そうですね。何だかんだで結構やりましたよね。ただ、2009年くらいになると、その手の仕事すらなくなってきた。そのころにはドキュメンタリーのほかに裏社会の実録物みたいな、そういうのもいろいろやっていたんですが、それもだんだん声がかからなくなってきて。

つまり震災前には、マンガ家としてのお仕事はだいぶ減っていたということですか。

竜田:もう2010年ぐらいにほぼ廃業状態でしたね。これじゃちょっとやっていけないからと、近所にあった会社に入って、一応サラリーマンだったんですよ。ご迷惑がかかるといけないので、すみませんが業種や社名は伏せさせてください。

久しぶりの“社会人”生活はいかがでしたか。

竜田:やっぱりこれも性に合わなくて。

合わなかったんですか。

竜田:全然合わなくて。業務上、子供とコミュニケーションを取る必要が出てくるんですが、子供は苦手で、うん。わりと子供には好かれるんですけどねえ。

竜田さん、素で好かれそうですよ。

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竜田:好かれるんですけど、仕事で子供と接するというのがなかなか難しくて。それで、「もうさすがに持たないから辞めようかな」と考えていたときに地震が起きたんです。

子供たちに「大丈夫なの?」と聞かれて

じゃあ、やや盛って言うと、本当に人生に行き詰まったところで地震。

竜田:そうそう。だから本当、どうにもならないしどうしようかな、というときに地震が起きました。

ちなみに、どこに居ました?

竜田:職場に向かうために、駅に向かって歩いているときに地震が来て、そのときはわりと広めのところにいたので、別にそこで何か降ってくるとかそういうこともなく、わりと冷静に。近くの建物とか揺れているのを見て、おお、すごい地震だと。

ご自身や、ご家族には被害は。

竜田:自分自身や、家族とかにも被害は基本的にはなかったので、当日はまだそんなにショックを受けたわけでもない。その日も仕事に行ったけど当然、お客なんて誰も来なくて。

会社は結局休みにもならず、次の日からまた苦手な子供の対応をするわけですが、津波や原発事故が報じられて、どうしても話題はその方向になる。親 御さんでも、すごい不安になっている人がいて「原子炉はまた爆発するの?」みたいなことを聞いてくる子もいたりして、そうなるとこっちも適当なことを言え ないので、持てる限りの力を使って調べるわけですよ。だから調べましたね、あの当時。

真偽取り混ぜていろいろな情報がありましたよね。

竜田:もうデマばっかりで。その 中でどれが信用できそうかなと真面目に考えて、なるべく東電発表とか政府発表とか1次情報に当たるようにして、最初のころは全然知識がないのでよく分から ないんですけど、照合していくと正しいことを言っていそうな人が見えてくる。例えば「Twitter」で言ったら早野(龍五)さん(原子物理学者)とか、 野尻(美保子)さん(素粒子物理学者)とか。

ああ、読んでました。

竜田:早野さんとか野尻さんとかが頼りになりそうだと分かる一方で、明らかに煽っている言い方をする人がいて、いっぱい見てくるとだんだん区別がつくようになってくる。

子供たちと接するところにいたら、そういうことを真剣に考えますよね。

竜田:そう。お客さんたちの中に はやっぱり不安になっている人がいましたので、そういう人たちにある程度正確なことを説明するには、自分で調べなきゃいけなくて、それで調べてある程度の 知識ができたというのがでかかったですね。あ、だから、やっぱり数ある職業遍歴の中の1つが多少『いちえふ』の役に立っているんですね。

子供に聞かれる立場にいたことと、説明スキルを磨いていたことですね。

竜田:子供に聞かれて、説明するために勉強したことがまあひとつのきっかけになって、どうせ働くならああいうところで働いてみたいなと思ったんです。その時点で社長に「辞めさせてくれ」と。

ううん、とはいえ、やっぱりその行動には結構なジャンプを感じます。私、ぶっちゃけしか聞けないので聞いちゃいますけど、『いちえふ』を読んだ時に「こういう手があったか」と思ったんですよ。『自動車絶望工場』をいまやるとこうなるのか、と。

竜田:よく引き合いに出されますけど、俺、読んでないですよ。

マンガを描くために福島に行ったのではない、となんども言っている方に、今更聞くのも不躾ではありますが、どうなんでしょう。

竜田:まったくなくはないですよ、それは。もともとマンガを描いていたわけですから。でも、「被災地で働きたい」というのが大前提で、福島第一で、と限定していたわけでもないんです。

まず「被災地で働きたい」と。

そもそも就職するのが1年がかり

竜田:宮城でも岩手でも、がれき 撤去でも何でもよかったんですね。そんな中で条件に合うのがたまたま1F(福島第一の現地での呼称。「フクイチ」とは言わないのだという)の仕事というの が、宿舎付きが多かった。それが何よりでかくて。東京から職を探して行く以上、通いではなく住むところ込みでないとだめなので、宿舎付きの仕事を探してい るうちに、たまたまそういう会社に入ることになったという。行くときも1Fに入れるという保証もなくて。

そうでした、第1巻で、そもそも現地の住み込みの職を見つけるのに1年がかりだったという話を読んで驚きました。

竜田:そうですよ。しかも、住み込みを始めてからも1Fの仕事がなかなか入らなくて、「やることがないなら」と、別の土地の土木現場に回されたりして。

とはいえ、言い方を変えてみれば、1年近く振り回されながらも原発の現場で働けるまで粘ったわけですよね。

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竜田:待ちきれずにやめた人もた くさんいましたが、現地以外からこの仕事に来た中には「ここまで待たされて、被災地の仕事ができないまま帰れるか」と意地になっていた人が俺以外にもいま したよ。もちろん、その時点で全然描くつもりがなかったかといえば、そうではなく、面白いことがあったらそれは描くべ、というのはありましたね。

取材だと思って行かないとこんなにいっぱい細かいことを覚えていられないはず、という気もするんですけど。

竜田:まあ、それはだから職業病です。

職業病か、記憶で描けちゃいますか?

竜田:うん。だから意識の片隅に でもそういうのがあれば、「ここはちゃんと覚えておこう」とか、写真が撮れるところだったら撮っておこう、となりますからね。結構、1Fの外で撮った写真 がたくさんあって、これが役に立っています。でもやっぱり帰ってくると、「ああ、あそこを撮っておけばよかった」というのがいっぱいあってね。

遠いからおいそれとまたロケハンに行くというわけにはいかないし、ちょっと苦労していますけど。とはいえ、マンガ家としての視点もそうだし、やっぱり映像をやっていたおかげで、「その場所にいてここを撮るならどう撮る」みたいなアングルは、たぶん無意識に考えています。

なるほど。あと、建機とか玉掛けとか溶接とか、いろいろ免許を取って行かれているじゃないですか。

竜田:はい。これもやっぱり狙っ て行っているみたいに見えますかね。それは仕事を探している間に条件を見ていくと。重機とか溶接とか(免許が)あるやつは雇うよ、みたいなのが、ハロー ワークの求人票に書いてあるので、「これがあるとすんなり向こうに行けるかもしれないな」というので取ったんですよ。

ああ…つまり、本当に取材以前に“就活”だったと。

 

竜田:完全に就職活動ですよね。ひとつだけ『いちえふ』につながっているとしたら、福島というところを選択肢から外さなかったというところですね。あそこはやめようみたいなのはまったくなかったので、むしろあそこが一番困っているだろうから行きたい、ぐらいの気持ちでした。

そこで働いてその後は、みたいなことは考えてなかったんですか。

竜田:いつもわりと考えてないです(笑)。常にそうなんですけどね。取りあえず今仕事をするとしたらどうするんだという、それだけですよね。そのわりにこらえ性がなくて、「これは合わない」とすぐ辞めちゃうという(笑)。

なるほど、「今仕事するならどうするんだ」。サラリーマンやっているとそういう発想というのがいつの間にかなくなっていますね。明日の仕事は勝手に向こうからやってくる、みたいに感じるようになって。

竜田:そうですね。でもそれが普通だと思いますけどね。

そうなんでしょうけど。自分自身が3.11以降に福島に行ったことがない人間なので、一番分かりやすいサン プルだと思うんですけど、例えば、震災の映像を見た日は「ボランティアに行こうかな」とか思っていても、たちまち、やって来る明日、日常に押し流されてい くわけじゃないですか。

竜田:わりと浪花節の人間なので、福島への義理、みたいなのを結構感じたりしてました。そんな必要はないんですけどね。そこまでのものではない。ないとは思うんだけど、もしそれ以上の理由があるとしたら、やっぱり、その当時の世間の風潮に対する反発ですよ。

いわゆる風評被害。自分自身に向けられていなくても、そういうのにむかっと来る人ですか。

竜田:それはありますね。他人がそういうことを言われて俺が怒るのは変だし、そういう“義憤に駆られる”ことの危険もよく分かるんだけど。俺がこうやってデマを攻撃しているのと、事故当時から東電を攻撃しているやつ、それは裏表みたいなもので。

開拓地での、普通の暮らし

それは自分に厳しすぎるでしょう。

竜田:でも、そんなものだという自覚もあるんです。それを自覚しないと危ないと思ってます。だけどどうしてもやっぱりそういうものに対して反発を感じるというのが、ガキのころから結構あったので。

震災以後、会社を辞めるまでの間は、早く現地に行きたいけど、でも今の職場を放り出すわけにはいかなくて、実際に辞めるのは夏の終わりぐらいなんです。その間何にもできなかったというのはやっぱり、すごくつらかったですね。

つらかったですか。

竜田:つらかったですね。

その間に忘れたり、摩滅したりはしなかったんですね。

竜田:うん。むしろ「こんなところで何やっているんだ」という思いは募っていきましたね。ひどいデマが相変わらず飛んでいましたし。

そういうような憤りの持ち方って、原発の前に何か持ったことってあります?

竜田:ここまではなかったですね。

好奇心というか、「面白そう」というのもあったでしょう。

竜田:まあ、面白そうですよね。 すごい不謹慎な言い方ですけど、マンガにも描きましたが、あそこは日本に突然生まれたフロンティア、開拓地という面もあります(第2巻 133ページ)。 何が起こるか本当に分からない状況と、自ら未来を切り開いていく気概と。それを見てみたい、そこで働いてみたい。この気持ちは本当に好奇心ですよね。被災 者の方には、本当に申し訳ないとは思いますけど。

でも、「みんなが沈鬱な顔だ、ひどい、大変だ、苦しい、苦しい」いう視点だけで描いていたら、おそらく“福島はなかったことにしよう”という気持ちに、私を含めて普通の人はなると思うんですよ。

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竜田:行ってみれば、現地の人た ちは笑って普通に暮らしているわけで。被災地で働くために首都圏を出て郡山の駅を降りて、あ、全然普通じゃんという。東京で言われているイメージとは違う んだなというのをそこで再確認しましたね。現地に行ったのはもう震災から2年も過ぎていたので、そんないつまでも人間、泣いて暮らしているわけではないと いうのは頭の中では分かっているんですけど、実際に自分の目で見ると、やっぱりそうなんだよなと再確認したところはありますね。

しかも、現場の“普通の暮らし”が面白い。

竜田:原発作業員って奴隷みたいにこき使われている、あるいは、世界を救う英雄みたいに言われたりする。だけど実際行ってみたら普通のおっさんが普通に働いているだけで、飯を食って酒飲んで、パチンコをしてという人たちだよという。

しかも地元のおっちゃんたちなんですね。

竜田:ほぼ9割方地元の人で、結構年配の方も多くて。

ということで、面白かったから描くべ、となったと。淡々と作業員の目から見た日常を描く、という基本方針はどういう経緯で。

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竜田:いや、あそこで俺が見てきたことだけを描いていったら、おっさんの生活にしかならない(笑)。俺もおっさんだし、周りにいたのもおっさんだし、だからおっさんのことしか描けない。若い女の子とか出てこないので。

そういえば出てこないですよね、若い女性。

竜田:非常に弱いですね、このマンガ。そういう意味では。せめてタイトルだけでもと思って、ひらがな4文字にして、ちょっと萌えアニメっぽい感じにしてみたんですけど。

ひらがなのタイトルにしたのはそんな理由なんですか?

竜田:「1F」という業界用語を タイトルにしちゃういやらしさみたいなのも、本当は自分でも分かっているんです。でも今までのイメージをちょっとでも覆そう…とまでは言いませんが、実際 にそこに生活があって普通に暮らしているよというのを表現するには、平仮名で『いちえふ』というのがいいのかなと思ったんですよね。あと「フクイチ」って 言うやつなんか、現地にはいねえと(笑)。

日常を描く、というのはたまたまそうなっただけで、それしか書けなかった。特に日常の話については。というか見てきたこと以外を書いちゃうとウソになっちゃうので、なのでこのトーンで描くしかないんですよね。マンガとしては弱くなるかもしれないけれど。

あっ、そういえばインタビューで「マンガ家という意識は今はあまりない」とおっしゃってましたよね。先ほどおっしゃっていた話に沿っていえば、VPとはまた違うんでしょうけど、「人に物を説明するポジションだな、俺は」という、そういう感じでしょうか。

竜田:そうですね。それはでかいですね。VPとか教材とかで「自分の主張はこうだ!」と、前面に出すわけにはいかないじゃないですか。

確かに(笑)。

竜田:そういうものを作り慣れているから、このトーンになったというのはあると思います。

でも、教材だって、ちゃんと面白くなかったら先を見てくれないわけですもんね。

竜田:うん。

そこのバランスが絶妙です。

世の中には、こういうところで働く人もいるんだよ

竜田:面白くなったかどうかはちょっと自分では分からないので、面白いと言っていただけるのが非常にうれしい。

うちには中学3年生の息子と小学3年生の娘がいるんですが、『いちえふ』をリビングに置いておいたら、昨日1日中、ふたりとも齧りついて読んでいましたよ。

竜田:小学生にも読んでもらえるというのはうれしいですね。

働くおじさんたちのマンガとして、ちゃんと楽しく読んでいる。

竜田:そうそう。実は、職員たちの紹介マンガだと思ってます。だから原発の実態がどうのこうのというのはあんまりないんですよ。「世の中にはこういうところで働いている人がいるよ」というだけの話なので。

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一方、このマンガを読むと「被爆の許容量の縛りと、作業スキルの高い人の貴重さ」が、収束作業を続けていくための大問題になっていることがものすごく分かります。

竜田:そう言ってくださる方はいらっしゃいますね。

マンガでグラインダーを使っている「おじちゃんの顔」があって、ストーリーと絡めてみると「そうか、このお じちゃんは危険な現場を任されるくらい腕が良いのに、もう働けないんだ」と分かる。エース級の人がどんどん現場にいられなくなる。もちろん、線量の限度を 上げてはいけない。となると、どこかで計画的に原発作業の人員を育てないと、こんなのじきにパンクするぞ、と素人でも理解できる。

 

運命を変えたのは、義憤?

職場仲間や、地元の人とかそういう人も、ずいぶんアットホームというか温かく描かれていますけれど。

竜田:うん。俺が会ったのはみん ないい人ばっかりだったので、それはラッキーでしたね。本当にこんなものは運ですよね。行った先でどういう人と出会うかって。福島はみんないい人だなんて わけはないし、実際そんなによくもない人もいるんですけど(笑)、でも基本的に俺が会ったのはみんないい人でしたね。

トンカツを食わせてもらう話、いいじゃないですか。

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竜田:いいでしょう。本当にいろいろな人にお世話になって。仕事はもちろんですが、そういう意味でもあの震災は俺の運命を変えたかなと。

しつこいんですが、まさにその運命を変える行動のもとにあったのが、マンガ家としての職業意識ではなかったとしたら、義憤なんでしょうか。あるいは、「逆境に自らを置きたい」という気持ちとか。

竜田:いや、逆境には強くないですよ、最初の会社から逃げ出したように、むしろすぐ逃げる方だと思います。

義憤の方はどうですか、いわば人のための怒りじゃないですか、義憤って。そういうものを発露する人って、これまでにも、小さくても同じようなことをやっているんじゃないかなという気がするんですけどね。

竜田:いや、むしろそういうことはこれまでなかったと思いますね。

そういうタイプじゃなかったんですか。

竜田:怒りっぽい人間なので、い ろいろ社会情勢とかに対して怒ってはきたかもしれないです。けれど、別にそれで行動に移すわけでもなく、だから会社をすぐ辞めちゃったり、その後も何か はっきり定職とかに就くわけでもなく、だらだら暮らしてきたので…むしろそういう自分が嫌だったというところがあるかもしれないですね。

ああ。

竜田:仕事にしても、震災にして も、自分は何かしたのかと。先ほどの、仕事やマンガの煮詰まり感というか、どん詰まり感みたいなものが行動につながったというのもあると思います。だから 本当に「俺はこういうことが起こっても何もできていない」というもどかしさみたいなのはずっと感じていました。

本当に好きになっちゃいました

この先、この『いちえふ』以外のいわゆるマンガを描くおつもりというのは。

竜田:今のところ何も考えてないですね。これで手いっぱいなので。これで手いっぱいだし、向こうでも働きたいし。

本当に向こうで働くのが好きになっちゃったんですか。

竜田:そうですね。今でも、だから、今すぐにでも向こうに行って働きたいですね。

わお(笑)。

竜田:特に今年の分の線量(作業員としての年間被爆許容量)がまだ余っているので。10ミリシーベルトぐらい。ちょっとこれはもったいないですよね。最後まで使い切れないというのが。

ということはあれですか、結論として、1Fの収束作業というお仕事は、竜田さんにものすごく合っていたということですか。

竜田:めっちゃ合っていますね。俺にとっては。

本当ですか。マンガを描いているよりも?

竜田:いま編集さんがいないから言えるけど(笑)。マンガを描いているよりは、福島にいる方がいいです。正直に言って。

傍白

「マンガ家として1Fに行ったのではない。作業員がマンガを描いたのだ」

ということが、竜田さんのお話を聞いた率直な印象だ。さらに言葉を増やすなら「1Fをマンガ家が描くのではなくて、1F作業員としてマンガで説明する係」を自分の仕事として見いだしたのだ、ということなのだろう。

3.11は人々から人生を、生活を、仕事を無慈悲に奪い去った。一方で、これまでにはなかったフロンティアとして、新しい仕事を生み出してもいる。それを喜ぶわけにはもちろんいかないが、安易な“絶望”からは何も生まれまい。

マンガを含めて「自分に合った仕事」という手応えを得たことがなかったという竜田さんは、そのフロンティアで天職に出会ってしまったのだ。

被災地が真のフロンティアとなるのは、収束作業の終了の日だろう。それを描いて最終回を迎えたいという竜田さんの願いが、1日も早く叶いますように。

 

「記録を意識」 漫画「いちえふ」作者・竜田一人さんに再び聞く

2015年03月10日

原稿を描く竜田一人さん=2015年2月27日、石戸諭撮影

 それだけでなく、細かい作業は職人さんたちの腕によって微妙な違いがでてきます。腕が立つ人なら早く片 付く作業も、慣れない人がやると遅くなる。高線量の現場では大野さん(作品中のベテラン作業員)のモデルにした人たちも、すぐにそれぞれの会社で定める年 間の被ばく限度量(「いちえふ」によると、ほとんどの会社は年間20ミリシーベルト以下で設定している。基準に達すると4月1日にリセットされるまで1F での作業はできない)に達してしまう。

 そうすると、その作業を大野さんたちはできなくなってしまい、代わりの人がやることになります。大野さ んは別の現場を探して食いっぱぐれることは無かったのですが、高線量の現場に行って食いっぱぐれることになってしまっては元も子もない。現状、働ける日数 はかなり限られています。これだけでは日々の暮らしで食べていくことができません。ベテランの作業員ほど腕は立つけど、高線量の現場では線量を気にするこ とになります。

 被ばくを避けたい切実な理由は、高線量現場で働ける日数が限られるからです。場所によっては1日1ミリシーベルトに達することもありますからね。

 代わりに来る人の腕が立てば問題はないのですが、みんながみんな腕の立つ職人ではないのはどこの世界で も一緒です。高線量の現場ほど経験が必要なのですが、職人確保は難しくなっています。原発特有の作業についても技術の伝承や実践的なノウハウは現場でない と身につけることはできません。何らかの対策は必要です。ここが現場最大の問題と言ってもいいと思います。

 私も昨年、1Fに行った時で既に高線量現場経験があるという理由で現場リーダーをやりました。少し出世 とも言えますが、一緒に行った仲間の中には「1Fが初めて」だという人もいたのです。経験者も増える一方、未経験者も新規に入ってきているので経験の有無 が重視されているとも言えますね。

 ◇高線量の現場「少し慣れてくるくらいが怖い」

 −−そんな中で、現場に慣れてきたと感じたことはありますか。

 竜田さん そうですね。慣れてよかったというより、慣れてきたための失敗があります。

 現場では無駄な被ばくや放射性物質による汚染を避けることが大原則です。しかし、私も慣れてきたせいか、少し注意が足りずに汚染を避けることができなかった。

 例えば靴下のはき方、靴の脱ぎ方一つとっても注意が足りなかったなと思うこともありました。現場の靴は 履き回しです。靴の脱ぎ方が悪い人がいると、靴の中に放射性物質が入り、靴下に付着します。慎重な人は靴下の上からビニール製の靴カバーをするのでいいの です。でも、私は靴下が二重だったのと、ビニールで蒸れたり、踏ん張りが利かなくなったりするのが嫌だったので、付けていませんでした。そうしたら、案の 定、無駄な汚染が出てしまった。汚染防止は大事。注意が足りないと指摘されても反論できません。慎重に避けるべきことであり、恥ずかしいですね。

 何事も少し慣れてくるくらいが怖い。高線量の現場であることを怖がって用心しているくらいでちょうどよいと思います。「絶対に無駄な被ばくはしたくない」という作業員もいますからね。

 −−作業員の中にもいろんな考え方がある、と。

 竜田さん そうなんです。ちょっと話はずれるかもしれませんが、作業員の中でも「東京電力がホールボ ディーカウンター(WBC)の値を低くしている」といううわさが出回って、本当に信じている人もいるんです。私は実際に自費で他の病院のWBCで検査した のですが、そんなことは無かった。うわさはうわさにしかすぎないのです。

 1Fで働いているからといって、みんながみんな放射線や被ばくについて正確な理解をしているわけではな いというのが面白いところです。案外、調べないで現場に来る人が多い。つまり、仕事なんですね。そこに仕事があるから来ている。勉強してから来るというの は珍しいかもしれませんね。

 ◇福島への愛着「人を通じて深まってきた」

 −−最初の話でも出ましたが、2巻では国道6号開通とか福島の話も多いですよね。竜田さんの福島への思いが、「思い出の町」以上に深まっているように読めます。

「いちえふ」2巻より

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 竜田さん なるべく最近の話を入れようとしたので、(昨年秋に)一般車で走れるようになったばかりの国道6号を 縦断した話を盛り込みました。漫画の中の時間の流れは少し無視して、事故から1年数カ月の1Fだけでなく、14年の周辺状況だったり、食事だったり、地域 の話も入れたかったんですね。そうしないと、せっかく14年に福島に行ったのに、リアルタイムの話を届けられない。

 「ここは俺が住んでいたところだ」「懐かしく思いました」という感想もいただきました。皆さんもお時間があれば6号を車で走ってみてはいかがでしょうか。誰も住んでいない街並みを通るだけで感じるものはあります。

 私の場合、愛着は人を通じて深まっていきました。福島では人の出会いに恵まれました。どこの土地にも良 い人もいれば悪い人もいるっていうのは分かっているんだけど、福島で出会った人は良い人ばっかりだった。弾き語りをしたライブバーのマスターも良い人だ し、家探しを手伝ってくれた人も……。こういう人たちとの出会いがあったから、見知らぬ土地にもかかわらず、通っているうちに勝手に「あっちがふるさと」 と感じるようになったのでしょう。

 漫画で「酪王カフェオレ」(福島県の名物カフェオレ)を取り上げたら、今では読者から「これも飲んでみてください」「食べてください」という反応をたくさんいただきました。そうそう、地元産のメヒカリも食べたいですよね。

 ◇鼻血描写と「いちえふ」らしさ

 −−あえて振り返っておきたいのですが「美味しんぼ」との関連で原発事故と「鼻血」の描写についても「いちえふ」が話題になりましたね。このとき、竜田さんがツイッター上で珍しく意見を表明していました。この理由を教えてください。

 竜田さん 前回のインタビュー(毎 日新聞のニュースサイトで5月22日掲載)でも話しましたが、私が作業中に鼻血を出した作業員を見たのは本当です。それを見て、作業員同士で話したことも あった。でも、それをどう漫画で描けるのか。なかなか、答えが見つかりませんでした。あえて描こうと思ったこともありましたが、それが「いちえふ」でやる べきことなのか、と考えた時にそうではないと思いました。

 そこで、(「美味しんぼ」と)対比されたりするのも少し違うなあと思っていました。描写についても実際に何について悩んでいたのか。うまく伝わっていないかもしれないなあという時もあります。

 「いちえふ」は説明的な漫画ではないし、何かの目的のためにメッセージを込める漫画ではない。何かに反論したり、「美味しんぼ」の騒動に影響を受けたような形で描いたりしてもよいものには仕上がらない。あくまで私が見たものを漫画に落とし込んだものですから。

 一言で「見る」といっても、いろんな作業員と付き合って初めて「見えてくる」ものがあります。実際に働 いて、見てきたことを凝縮しています。ぱっと見るだけでなく、いろんなところをしつこく「見てきた」ところをベースにしている。私自身の関心の高低もあり ます。強く印象に残っているものなら掘り下げて描けますが、鼻血の話は正直「ああそんなこともあったな」程度にしか覚えていませんでした。「美味しんぼ」 の騒動があったから思い出したようなものです。

 これだけの材料で漫画にするには無理があります。無理して描くと、そこだけが切り取られ象徴的なエピ ソードして取り上げられてしまう可能性もあります。「いちえふ」のトーンにあわせて、いつも通り描けるなら描きますが、そのためだけに別のトーン、これま でと違う回にしてしまうと、作品自体が変わっていってしまう恐れがあります。そこが最大の悩みどころでした。結果的に描かなくて良かったと思っています。

In the cinematic wake of the Fukushima nuclear disaster BY MARK SCHILLING SPECIAL TO THE JAPAN TIMES MAR 4, 2015 ARTICLE HISTORY PRINTSHARE In January 2013 Eiga Geijutsu magazine released its annual “Best 10 and Worst 10″ lists. The two worst films of 2012, as chosen by the magazine’s panel of critics, were Sion Sono’s “Himizu” and “Kibo no Kuni (Land of Hope).” The former is about a teenage boy (Shota Sometani) driven to violence by his abusive father, but Sono rewrote the script ― which was based on a manga by Minoru Furuya ― to reflect the human cost of the Great East Japan Earthquake and resulting disasters of March 11, 2011. One addition in the rewrite was an elderly disaster victim (Tetsu Watanabe) who has lost everything but still tries to help the troubled young hero. For “Land of Hope,” Sono wrote a story set in a near-future Japan that has learned nothing from the reactor meltdowns at the Fukushima No. 1 nuclear plant. When a similar catastrophe occurs, hazmat-suited men set up a fence around a no-go zone, dividing two neighboring families in a rural community ― to devastating results. Why the bashing from Eiga Geijutsu? “Sono is a good director, but . . . making such films so soon after such a big, shocking disaster is just shallow,” said critic Ken Terawaki in explaining his thumbs-down verdict. He didn’t, however, similarly condemn the many documentary filmmakers who had streamed north after 3/11 and rushed out films, including the 29 that the Yamagata International Documentary Film Festival screened in October 2011 ― or, for that matter, the hundreds of 3/11-themed programs made by NHK and other broadcasters local, national and foreign. Why not leave the immediate reporting of this national tragedy to the nonfiction professionals and wait a decent interval until weighing in with a fiction film? Sono’s answer to me, in an interview timed for the October 2012 release of “Land of Hope,” was that the Japanese media reported the public face of the victims, but not their private reality. “When the camera was on, they said something different from what they had told me,” he explained. “I realized that they would be more honest if I didn’t film them and just listened sincerely.” He told me he had talked to dozens of victims before fictionalizing their stories. That didn’t sound so shallow to me. It will soon be the fourth anniversary of the worst calamity in Japan since the atomic bombings of World War II struck Hiroshima and Nagasaki. Has enough time passed to begin making fiction films about 3/11? In fact, films have been made, but none have received the critical drubbing that Sono’s got from Eiga Geijutsu. (Truth be told, the magazine’s critics regularly dump on Sono’s non-3/11 films as well, with the exception of “Ai no Mukidashi [Love Exposure],” which was listed as one of the “Best 10″ films from 2009.) One was “Itai: Asu e no Tokakan (Reunion),” Ryoichi Kimizuka’s docudrama based on the true story of an elderly volunteer (Toshiyuki Nishida) who cares for the dead and their grieving loved ones at a temporary morgue in Kamaishi, Iwate Prefecture. The film, with its starkly realistic scenes of corpses and rescue workers, was hardly a typical project for Kimizuka and executive producer (now president and COO of Fuji TV) Chihiro Kameyama, who had previously worked together on the megahit “Odoru Daisosasen (Bayside Shakedown)” cop thriller series. Despite the participation of these hit-makers, “Reunion” earned only ¥370 million following its February 2012 release. Another was “Arekara (Since Then),” Makoto Shinozaki’s indie drama about a couple torn apart in the 3/11 aftermath, with the woman stranded in Tokyo and the man suffering a nervous breakdown in the affected Tohoku region. Released in theaters in March 2013, the film captured the anxious mood in Tokyo immediately after the disaster in Fukushima, when everyone was waiting for the nuclear shoe to drop. Still another was Nao Kubota’s “Ieji (Homeland),” which opened in March 2014. As documentarian Kubota’s fiction-feature debut, the film mixed evocative footage of abandoned towns and fields in Fukushima with the story of a farming family living in temporary housing who are slowly going to pieces. Then a long-missing son (Kenichi Matsuyama) returns with a quixotic plan to plant the irradiated family fields. Though the film touches on sensitive topics, such as the long-term dependence of working-age nuclear refugees on government money, its stance is finally closer to resigned acceptance than Sono’s outspoken resistance to the powers that be. Meanwhile, 3/11-themed documentaries continue to be made, such as “Futaba Kara Toku Hanarete Dainibu (Nuclear Nation II),” Atsushi Funahashi’s recently released follow-up to his hard-hitting 2012 documentary on a Fukushima town that once embraced the nuclear plant in its neighborhood, but is now dealing with the disaster’s lasting damage to the local economy and social fabric. Also, NHK veteran Atsunori Kawamura has made “Otsunami 3.11 Mirai e no Kioku (The Great 3.11 Tsunami: Remembering for the Future),” a 3-D documentary opening on March 21 that records tsunami survivors and their communities over a three-year period. And Mayu Nakamura has shot “Naoto Hitorikkiri (Alone in Fukushima),” a documentary about a man caring for abandoned animals in the shadow of the Fukushima nuclear reactors, set for release on April 18. Fiction films, however, remain thin on the ground, which strikes me as unfortunate. The entire 3/11 story is replete with drama, from the story of the “Fukushima 50″ who tirelessly battled ― at the risk of their lives ― to keep the crippled reactors from blowing sky high to the political, bureaucratic and corporate finagling, and bumbling surrounding the Fukushima plant debacle, from construction to cleanup. Instead of a major film about 3/11, however, the local industry is churning out the usual mysteries and teenage romances, as well as WWII dramas to commemorate the 70th anniversary of the end of the conflict in August. The story of Japanese victimization in that long-ago tragedy never grows old. “The theme of nuclear power is still taboo in Japan,” Sono told me two years ago. “Investors here said to me, ‘You can make a movie on anything you want, we’ll finance it,’ but when I mentioned nuclear power, they went, ‘Ah, no, we can’t do that.’ ” Waiting for a “suitable” amount of time to pass, as Terawaki suggested, would hardly soften that resistance. Instead, as the current administration pushes for the restart of nuclear plants and the memories of 3/11 fade, it has, if anything, become stronger. I would love for Toho or any other studio to prove me wrong.

Japan muslim protest against Charlie Hebdo cartoons

By Agence France-Presse, 11:56 am Saturday, 14th February 2015

Muslims living in Japan stage a demonstration near the offices of Japanese publishing company Dai-san Shokan in Tokyo on February 13, 2015. Dai-san Shokan, a small Japanese publisher, on February 10 issued 3,000 copies of a book of cartoons by French satirical magazine Charlie Hebdo, including controversial drawings of Mohammed. Japan's small Muslim population has protested the publication, saying printing the cartoons is an "insult". AFP PHOTO / KAZUHIRO NOGIMuslims living in Japan stage a demonstration near the offices of Japanese publishing company Dai-san Shokan in Tokyo on February 13, 2015. Dai-san Shokan, a small Japanese publisher, on February 10 issued 3,000 copies of a book of cartoons by French satirical magazine Charlie Hebdo, including controversial drawings of Mohammed. Japan’s small Muslim population has protested the publication, saying printing the cartoons is an “insult”. AFP PHOTO / KAZUHIRO NOGI

Members of the Japanese muslim community gathered in front of the office of a Japanese publisher to protest against its release of a book of cartoons by French satirical magazine Charlie Hebdo, including controversial drawings of Mohammed.

A small Japanese publisher issued 3,000 copies of a book of cartoons by French satirical magazine Charlie Hebdo, including controversial drawings of Mohammed.

“Are You Charlie? Isuramu heito ka fushi ka (Is it satire or hate against Islam)” is an attempt to spark debate in Japan on the nature of free speech, said Akira Kitagawa, the head of Tokyo-based Dai-san Shokan.

About 40 cartoons are reproduced with Japanese language translations, including those mocking the Pope, French President Francois Hollande and Japan’s 2011 Fukushima nuclear crisis.

However, drawings featuring the Prophet Mohammed show his face pixellated. No other characters are depicted in this way.

“There were suggestions that blurring the images would make a bit of a difference for Muslims,” Kitagawa told AFP.

“There are other opinions that it does not make much difference, though,” he added.

Japan’s small Muslim population has protested the publication, saying printing the cartoons is an “insult”.

But Kitagawa says his project comes down firmly on the side of saying that the cartoons are unnecessarily provocative.

“This is a book, clearly, saying Charlie Hebdo is not good,” he told AFP. “It does not make sense that Muslims get angry over this.”

There was a small police presence outside the Tokyo office of the publisher.

Japan does not have much of a tradition of satirical cartoons, something some commentators have put down to the value placed on harmony and a societal emphasis on not upsetting people.

Japanese people were aghast at the attacks on Charlie Hebdo’s office and a Jewish deli which killed 17 people, with many expressing bewilderment at how believers could turn to violence in the name of religion.

Most people in Japan practise a pick-and-mix of imported Buddhism and native Shintoism, depending on the occasion, although few would describe themselves as devout.

Dai-san Shokan has a history of courting controversy, having previously reprinted leaked data on an anti-terrorism probe by police, with much of the information concentrating on Muslims in Japan.

The publishing house also issued the Japanese translation of a biography of Crown Princess Masako in 2007.

“Princess Masako: Prisoner of the Chrysanthemum Throne,” originally written by Australian journalist Ben Hills, drew protests from the Japanese government.